
マザーズウィル 上巻・新世代始動編(試し読み)
1
――西暦二〇三五年 四月――
「あきらさん、一言コメントをお願いします!」
「あきらさん、こっちを向いてください! カメラに目線お願いします!」
私立スターハーモニー学園。中高一貫のこの学校では、通常の学習指導要領と同じカリキュラムで授業が行われる普通科の他に、学校生活とアイドル活動の両立を支援するアイドル科が設立されている。今年も春を迎え、これからデビューするアイドルの卵たち、既にアイドルとしてキャリアを積み、スターハーモニー学園で更なる飛躍を目指す者たち、それぞれが思いを胸に、アイドル科の新入生として学園の門をくぐり、校舎まで続く並木道に咲く満開の桜に歓迎されていた。
この日、入試以来初めて学園に足を踏み入れた倫堂あきらは、他のアイドル科の新入生たちとは周囲の様子が少し異なっており、校舎までの桜並木で大勢の大人に囲まれていた。その殆どが、マイクかボイスレコーダーを片手に持っているか、またはメモ帳とペンを携えている者もいたが、全員に共通していたことは、報道関係者を表す腕章をつけていたことだ。彼等は皆、リポーターや記者、つまりはマスコミと呼ばれている者たちである。中には大砲のような望遠レンズに大きなフラッシュライトを取り付けたスチルカメラを両手で構えている者や、テレビカメラを担いでいる者さえいた。皆、新入生アイドルの中でも注目の人物を取材に来たのだ。
あきらを取り囲んでいるマスコミのひとり、若い女性リポーターが、あきらにマイクを向けた。
「倫堂あきらさんは、元・スターライト学園のレジェンドアイドル、明ヶ瀬ゆずかさんのご息女でありますが、やはりお母様を目指されてアイドルの道を進むことを決意されたのですか?」
これを合図とするかのように、次々と周囲のリポーターや記者から質問があきらに降りかかってくる。
「フレンズを組む相手はもう決まっているんですか?」
「所属事務所との契約は、もう済まされているんですか? どこの事務所になるんですか?」
「ドレスの専属ブランドは決まっていますか? やはりお母様がミューズを務めてらっしゃる『パステルドロップ』を引き継ぐのですか?」
質問の嵐とともに、あきらに向けられたいくつものスチルカメラから、一斉にフラッシュが焚かれる。正に集中砲火だ。
一六六センチという中学一年生になったばかりの少女にしては長身のスタイルに、外に撥ねた向日葵色のロングヘア。母親によく似た丸く大きな目に、琥珀色の瞳。真っ直ぐに伸びた凛々しい眉。大勢のマスコミの前でその姿は周囲の人間には堂々としているように映っていたが、実際のところ、あきらはアイドルデビュー初日から受けている『洗礼』に内心うんざりしていた。カメラが目の前にある手前、極力気持ちを表情には出さないように努めていたが、あきらの表情は少し不自然に強張っていた。
カメラのフラッシュで真っ白になったあきらの視界の先に、ある光景が浮かび上がった。それは、あきらが母であるゆずかにアイドルになることを打ち明けた日のことだ。今より遡ること数ヶ月前、夕食のあとの食卓で母娘でくつろいでいたときのことだった。
「ねえ、ママ……話があるんだけど」
「なあに、何急に改まって。おこづかいの値上げならこの前聞いてあげた──」
「あたし、アイドルになりたい」
その瞬間、ゆずかが一瞬息を飲む音がかすかではあるが、あきらには聞こえた。十秒ほどふたりの間に沈黙が続いたあと、ゆずかが問うた。
「──どうして?」
「……別に大した理由じゃないよ。ただ、ママがどんなアイドルだったのか、知りたいんだ。周りの大人たちはあたしのこと、元トップアイドルの娘だって言って特別扱いするし、クラスの友達だって、最近はなんかよそよそしいって言うか、割れ物に触るみたいな接し方をするし……あたしはママの子供として生まれたから、普通の女の子としての生活を送れないでいる。別にそれを恨んだことはないよ。けど、だからこそ知りたいんだ。あたしの生まれたときからの運命を決定付けた、ママが昔どんなアイカツをしていたのか。それを、あたし自身がアイドルになることで知りたい」
あきらが正面に座っているゆずかをまっすぐ見据えながら言う。ゆずかも、娘の眼差しを真っ向から受け、あきらの話を黙って聞いていた。ゆずかは少しの間目を閉じたあと、すぅ、と息を吸ってはゆっくり吐き出して目を開く。まるで、何かの覚悟を決めているかのようにあきらには見えた。
「あきらが前からアイドルになろうと思っていたこと、ママにはわかっていたわ。でも、あきらの場合、運命って言うより宿命ってところかしら」
「宿命……?」
あきらが訊いた。
「そう。確かに私は若い頃、トップアイドルと呼ばれていた。だから、あきらは生まれながらにして、トップアイドルの娘という宿命を背負ってしまっている。でも、その宿命を棄てて生きていくこともできる。すぐには無理かもしれないけど、時間が経てば、どんな伝説もいずれは忘れ去られていく。それならばそれでもいいと私は思っている。でも、もしあきらがアイドルの道に足を踏み入れたら、もう宿命からは逃れられない」
あきらの母、ゆずかは旧姓である明ヶ瀬ゆずかとして、中学進学でアイドル学校『スターライト学園』に入学、アイドルデビューして中学生の間にトップアイドルの仲間入りを果たしていたことは、あきらも話には聞いていた。だからこそ、アイドルを正式に引退こそしていないものの、表舞台から殆ど姿を消して十年近く経つ今でもゆずかの名を知る者は多く、いまだに伝説的アイドルとして語り継がれている。あきらの母ゆずかはそれだけのアイドルだったのだ。それ故に、あきらはトップアイドルの娘としての期待と羨望を浴びる人生を強いられてきた。しかし、ゆずかの発する言葉には、周囲が思い浮かべるであろうきらびやかなアイドルの世界からは想像もつかないような得体の知れない重みが感じられた。それはまるで、両肩に重石を乗せられているような気分だった。だが、あきらはそれをはねのけるかのように言葉を返す。
「なにそれ、あたしに脅しかけてるの?」
あきらは語気を強めるが、ゆずかは表情ひとつ崩さずに返す。
「そうじゃないわ。ただ、あなたがアイドルになれば、これからずっと嫌でも私の娘として世間から見られるし、なにもそう見ているのはファンやマスコミだけじゃないってこと。今は私の言うことの意味がわからなくても、いずれは必ず向き合わなければならないこともあるのよ。それを受け止める覚悟は、あなたにはある?」
ゆずかの口調は穏やかだが、ゆずかの眼を見たあきらには心臓を握られるかのような言い知れない重圧を感じた。それは、娘を見守る母親の眼ではなく、二十年以上アイドルとして生きてきたプロの眼だった。一瞬、怯み胸のなかに詰まった息が気道を通り口から漏れそうになるが、咄嗟に口をつぐむと、唾をゴクリと飲み込んだ。内側から喉を締め付けられるような嫌な感覚が湧き上がるが、それに耐えてこう答えた。
「あたしは、どんな宿命が訪れても絶対に目を反らさない! あたしがなぜあたしなのか、それを確かめたい!」
ゆずかがアイドルとして何をして何を見てきたのか。自分に流れる、母から受け継いだ宿命を知りたい。好奇心と探求心が、あきらを動かしていた。あきらの真っ直ぐな眼光を、ゆずかは今度は穏やかな眼で受け止めていた。
「分かったわ。あなたの覚悟、確かに聞いた。あなたは、背が高くて運動もできるし、度胸も据わってる。アイドルとしてのスジはいいはずよ。何せママの娘だものね。きっとなんとかなるわ」
そう言ってあきらの頭を撫でる。既に母より背の高いあきらの頭は、ゆずかの目線の少し上にあった。
「ただし、学校は私と同じスターライト学園じゃなくて、うちからスターハーモニー学園に通うこと」
「えーっ、なんで!? ママと同じ学校に通いたいよ!」
「それは、あなたの宿命が待ってる場所がスターハーモニー学園だからよ」
ゆずかはそれ以上は理由を語らなかった。だがあきらには、なぜかこれ以上ない説得力を感じられた。
フラッシュバックした数ヶ月前の母娘の会話は終わり、今の自分の状況を改めて確認する。元トップアイドルの娘だということで自分の周囲を取り囲んでいるマスコミたち。しかし、ゆずかの言葉を思い出す。自分に宿命を課しているのは、なにもファンやマスコミだけではないと。ならばこの先、自分にはもっと大きな宿命が待ち構えてるに違いない。そう気付いたあきらは突然立ち止まった。そして最初に自分に向けてマイクを伸ばした女性リポーターのひとりに向かって
「お姉さん、ちょっとマイク借りていいですか?」
「え? ええ、どうぞ……」
あきらに訊ねられたリポーターはキョトンとしてマイクを渡すしかなかった。周囲がみなざわつき動きを止める。
「あたし、倫堂あきらは、母、明ヶ瀬ゆずかがかつてどんなアイドルだったのか、なぜトップアイドルと呼ばれていたのか、それを知りたくてアイドルになりました。同じアイドルになれば、母の歩んできた道のりが、そして自分のルーツが分かるかもしれない。そう思っただけです。ですが、別に母を目指しているわけではありません。所属事務所やブランド、フレンズについてはまだなにも決まっていません。今言えることは、それだけです」
そう言ってマイクをリポーターに返すと、あきらは再び歩き始めた。一歩一歩、力強く。背後から無数のシャッターこそ切られるものの、マスコミの集団が追ってくることはなかった。
この様子を、少し距離を置いて中庭から見つめている少女がいた。スターハーモニー学園アイドル科中等部の制服を身に纏い、毛先に進むにつれ、焼けた鉄のような赤色を帯びたストレートロングの黒髪。濃いピンク色の瞳には、まるで草陰から息を殺し獲物を狙う獣にも似た異様な眼気が宿っていた。その鋭い眼差しがあきらに向けられていた。少女が呟く。
「あの子が、『私たち』が運命を克服するために倒すべき相手……。けど、今はまだその時ではない。早く私に追い付け。倫堂あきら」
視線の先にいるあきらが校舎に入り、少女のいるところから見えなくなると、少女は視線をはずし踵を返してその場を立ち去った。
2
「今頃、入学式が始まっている頃かな?」
「そうね、あきらちゃんはジュリアのこと覚えてるかしら?」
「どうかな? あきらがジュリアちゃんと最後に会ったのは、ニカちゃんたちが涼風高原に引っ越す直前だから、もう十年近く前になるしね」
「正確には九年ね。今朝私も似たようなことをジュリアと話したら指摘されたわ。私たちもすっかりおばさんになるわけだわ」
「もうー、ヤなこと言わないでよー」
通勤ラッシュも過ぎ去った午前中の穏やかな時間を、ふたりの女性がオープンカフェでおしゃべりを楽しんでいた。ウエーブのかかった金髪のロングヘアーを左側で少し下げ気味に括り、赤いフレームの眼鏡をかけた女性と、ふんわりと軽めにパーマをかけた紫のセミロングの女性だ。ふたりは紅茶とケーキでティータイムを満喫しながら談笑に花を咲かせていた。その光景は、傍から見てもとても絵になるものであった。それもその筈だ。ふたりは共に三十代後半に入りながらも、ひとりは現役のアイドル、もうひとりも、元アイドルなのだから。
「あきらちゃんには、伝えてあるの? これからのこと」
紫の髪の女性が金髪の女性に訊いた。
「ううん。まだなにも。放課後迎えに行って、フレンズと事務所のことは話すけど。あの子には、少しずつ順を追って成長してほしいから」
金髪の女性が、ティーカップに注がれた紅茶に映し出された青空を見つめながら答えた。
「そして、これは私の、母親として、アイドル明ヶ瀬ゆずかとしての勝手な我が儘だけど、あきらにはいずれ私を超えてほしい」
金髪の女性――ゆずかが、ティーカップを手に取り、青空の映し出された紅茶に口をつける。
「やっぱり昔と変わらないね。ゆずかのそういうどこか熱血少年漫画っぽいところ」
紫の髪の女性が、懐かしそうに笑いながらそう言うと、ゆずかはティーカップをソーサーの上にゆっくり置いた。アツい思いを内に秘めつつも、物腰や仕草は年齢を重ねた大人の女性のそれであった。
「そういうニカちゃんは、ジュリアちゃんに、アイドル狭山ベロニカとして何か望むことはないの?」
ニカと呼ばれたもうひとりの女性――ベロニカが、ケーキを食べていたフォークを皿の上に置く。
「私はもう引退した身だからね……。ジュリアには、自分の好きなようにアイカツしてもらえればそれでいいわ。あの子、変に真面目すぎるところがあるから、あきらちゃんに迷惑かけなければいいけど」
少し困った風にベロニカが微笑みながら言うと、ゆずかも自分の娘に手を焼いていると言わんばかりに苦笑いを浮かべる。
「あきらは結構いい加減なところがあるから、最初のうちはケンカのひとつやふたつするかもね。でも、決して悪い子じゃないから、ジュリアちゃんともきっとフレンズを組むわ」
「そうね、私たちも昔は色々あったけど今でもこうしてうまく行ってるし、心配はしてないわ」
ふたりは笑い合った。ふたりの間に、のどかな時間が流れていた。
3
スターハーモニー学園の入学式が終わり、新入生はそれぞれ割り振られたクラスへ行き決められた座席に着くと、担任教師から簡単な挨拶とホームルームが行われこの日は下校となった。アイドル科とは言え、中等部は義務教育の範囲内である中学生であるため、アイドル活動以外の学校生活は普通の学校とさほど変わらない。中には小学校からアイドル活動をしており早速慌ただしく仕事に向かう準備をしている新入生もいるが、まだアイドルデビュー初日にも関わらず所属事務所のことも何も聞かされてないあきらはすることもないので、家に帰る準備をしていた。
クラスの生徒の大半はお互いが初対面らしく、近くの席の者同士で少人数のグループもいくつか出来ていたが、単独行動で下校となる生徒も少なくはなく、あきらもそのひとりだった。筆記用具と配られたプリントを鞄に詰めていると、まだ顔も名前も憶えていないクラスメイトのグループから話し声が聞こえてきた。
「あそこの席にいる倫堂あきらちゃんって、あの明ヶ瀬ゆずかの娘なんでしょ? 超ヤバくない?」
「やっぱりもうブランドと契約とかしてるのかな?」
「フレンズを組む相手も決まってたりして」
クラスメイトの自分に対する反応も、あきらにとっては聞き飽きたフレーズであった。先にマスコミに囲まれたときと何も変わらない。ただたまたま母親がかつてトップアイドルだったと言うだけで娘の自分まで特別扱いされることに辟易すらしていた。しかし、これが同じアイドルの道に足を踏み入れたトップアイドルの娘である自分の宿命なのかとやや諦めに似た感情を抱いていた。朝には肩から掛けていた通学鞄を後ろに担ぐようにぶっきらぼうに持って、教室を出た。
今日の予定は何も知らされてないし、どこか寄り道でもして家に帰ろうかと思って廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ねえ。あなた、あきら……だよね?」
あきらが後ろを振り向くと、そこにはアイドル科中等部の制服を着た、前髪を眉毛が全部見えるまで短く切り揃えたピンク色のボブカットに青紫の瞳。中学生にしてはやや背伸びした色気を纏った表情とプロポーションを持った少女がいた。だが、あきらには彼女が誰かすぐに分かった。
「もしかして、ジュリア!?」
あきらがその丸い目をさらに真ん丸にして、指をさしながら問う。
「久しぶりね、あきら」
ジュリアと呼ばれた少女は久方の再会を喜ぶことであきらの問いを肯定した。あきらがジュリアに抱きつく。
「えっ、なによ? 私に会えたのがそんなに嬉しいの? はいはい、私も嬉しいわ」
ジュリアもやや戸惑いつつも、満更ではない様子であきらを受け止める。
「久しぶりに会えたのも嬉しいけど、あたし……今朝からみんなあたしのこと明ヶ瀬ゆずかの娘としか見てなかったから……ここであたしのこと知ってるジュリアに会えたのが、なんかすっごく嬉しくって……!」
あきらがそう言うと、更に強く抱きしめられるのをジュリアは感じた。
「もう、こんなに背も高いのにまだ寂しがりやなわけ? そう言えば、私が涼風高原に引っ越すって話した時もワンワン泣いてたっけ」
それを聞いて今度はあきらがジュリアを引きはがした。
「ちょっ! それ、もう十年くらい前の話じゃん!」
「正確には、九年前よ。それにしても、会わないうちにあきらはもう大人くらいの背の高さになったのね」
ジュリアが感慨深くあきらの顔に視線を向ける。ジュリアも身長は一五八センチと、中学に上がったばかりの女子にしては背が高い方だが、あきらと目を合わせるには少し頭を上に向ける必要があった。
「そういうジュリアだって、すごく大人っぽくなった」
そう言いながらあきらの視線はジュリアの顔から胸元へ降りて行った。視線の先に気付いたジュリアはあきらの言いたいことを察すると少しムッとした表情を見せる。
「こ、これは、母さんの遺伝! 大体、胸なんか大きくても別にいいことなんかないんだから……」
「いや、水着グラビアのオファーが来る! てか、ジュリアもアイドル科の制服を着てるってことは、アイドルデビューするんだよね? 事務所とか決まってるの?」
「ええ、あきらと同じ事務所だけど?」
「あたしと同じ事務所? ええ!? あたし、もう事務所決まってるの? ママから何も聞かされてない!」
あきらが驚きの声をあげながら、オーマイゴッドと言わんばかりに両手で頭を抱える。
「そういうわけだから、これから私と一緒に事務所に行くの。そろそろ迎えの車が学園の前に着く頃よ」
それを聞いて更にあきらが驚きの表情を見せる。
「マジで!? ラブミーティアは移動の時に専用のリムジンに乗るってテレビで見たことあるけど、あたしたちもいきなりそんなVIP待遇でいいの!?」
「いや、たぶんあきらはよく知ってる車だと思う……」
ジュリアが少し答えづらそうに言うが、あきらの耳には既に届いていなかった。
「さあさあ、そうと決まれば早速事務所に行こうじゃないのー!」
すっかりゴキゲンなあきらはジュリアの肩に腕を回すと、意気揚々とジュリアを連れて校舎を後にした。
ふたりが校門まで来ると、リムジンの代わりに一台の白いワンボックスカーが停車していた。それ以外に停まっている車はなく、これが迎えの車であることは容易に想像ついたが、あきらはまるでそれを無視するかのように周辺を見回した。
「いやー、あたしたちを迎えに来てくれるリムジンはどこにいるのかなー? もしかして早く来すぎちゃったかなー? アイドルは時間厳守だからねー。十分前行動は当たり前かー」
見てるこっちが恥ずかしいと言わんばかりにジュリアが呆れた表情を見せると、ワンボックスカーからこっちを見ろと言わんばかりにクラクションが響いた。ふたりが車の方に顔を向けると運転席の窓が開き、運転手がそこから肘をかけて顔を出した。
「迎えの車がいつも乗ってるワンボックスじゃ不満かしら?」
運転手は髪を頭の左下で括った金髪のロングウェーブに赤縁のメガネの女性、あきらの母ゆずかだった。
「はぁーっ、どーせこんなことだろうと思ってたよ!」
大袈裟にガックリと肩を落とし観念した、と言わんばかりに投げやり気味な口調であきらが答える。
「リムジンで送り迎えされたけりゃダイヤモンドフレンズになるのね。さあ、ふたりとも乗って」
ふたりはゆずかに言われるがままに、車に乗り後部座席に座りシートベルトを締めると、それをゆずかが確認して車のキーを回す。
「で、ジュリアが事前に知らされててママが送り迎えに来たってことは、あたしたちの所属事務所って……」
あきらの問いかけに、ゆずかは回答の代わりにシフトレバーをいれてアクセルを踏んだ。車がゆっくりと、しかし力強く発進する。
「そ、私達の事務所『サンライズプロダクション』よ」
「なんで事前に話してくれなかったの?」
あきらがやや不満そうにゆずかに問う。
「最初から全部話したら面白くないでしょ?」
ゆずかが楽しそうに答えると三人を乗せた車は軽快に走り出した。